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バレンタインのお返し

やっと ブログの更新をすることができる日が来ました。
年度末ということもあり 仕事が忙しいうえ 
子供たちの学校行事や所用続きで 本当に忙しくしていました。

息子が中3の受験生ということもあり ここ半年は
何をどうしていたのかと 振り返る余裕さえありませんでした
3月5、6日と県立高校の学力試験と面接がありました。
5日は とにかく朝から雨がよく降り 駅まで送ったものの
仕事をしていても落ち着かない・・
仕事終わりに 駅に迎えに行くと うつむく息子の姿
嫌な予感は したものの 明るく『どうだった?』ときくと
『緊張して 頭の中が真っ白になり 深呼吸すると 
今度は自分の鼓動が早くなるのが聞こえて・・あまり・・』と。。
そこまで話すと 涙声になり どうやら泣いている様子だなと思ったので
『でもよく頑張ったね・・2年半ご苦労様・・』
そう言葉をかけるしかありませんでした。

息子が 第一志望校を決めたのは 1年生の夏休み明けでした。
6年生の時に 仲良くなった友達が成績がとても優秀でトップの子
中学に上がっても同じクラスになった事で その友達のようになりたい
彼と同じ高校に通ってみたいという憧れから 始まりました。
塾にも通ってなかった息子が急に塾に通うと言ったのも この時期
また息子が卓球部に入り トップの優秀な友人を誘い入部
2年の時は 息子が部長 友人が副部長になり どこに行っても
2人の周りに多くの部員や友人が集い 笑顔が絶えない様子を
卓球の遠征にいくと たびたび見たものでした。
友人は 常に成績は1位、2位で 息子の1年の夏終わりの成績は42位
塾に行くことで 学力を少しずつ上げていき 1年終わりには10位以内に
常に入っていられるように なりました。
静岡県東部 富士・富士宮地区でのトップ校に進学するためには
息子の通う中学では 10位以内に常にいるように・・・と
担任の先生に言われたそうです。
負けたくない・・いつか勝ちたい・・
でも 一度も友人を学力で超えることはできない中学3年間
そして 受験の志望校を決めるときに 選んだのは ただ一つ
2年半前に心に決めた友人の目指す高校でした
正直 息子の学力には ムラがあり 5位の時もあれば13位の時もありで
なかなか 一定の順位にいられることがありません
それでも 私たち家族は 自宅より最も近いところに 県立高校があり
そこに行ってくれるのではないかと 思っていました。
そこなら 学力面でも問題なく 無理なく学生生活がおくれると・・
しかし 息子の決心は固く トップの進学高校に願書提出
2月下旬の志望校変更期間の間にも 何度となく話し合いましたが
『私立高校と同じレベルの県立高校を受けても仕方ない 
 少しでも上を受けたい、やらないで後悔したくはないから』
こういわれました。
トップ校を楽々と合格できるほどの学力もなく ギリギリの成績の息子の
この選択を認めてやりたいような やりたくないような・・
親としては 子供の意思に任せたほうがいいのでしょうが
未熟な親代表のような私にとっては もうこの上なく心配で
ついに2月に入ると 慢性胃炎になり 胃薬なしではどうにもならず
受験日をむかえ 息子の様子から やはり強く反対すべきだったかと
私が後悔するばかりで 14日の合格発表の日になりました。

前日は 娘がインフルエンザA型に罹患し すでに仕事を休んでいて
娘の熱が落ち着いたのを確認し 息子と隣の市の県立高校まで
電車で向かいましたが ほとんど言葉も交わさず
2人で 番号がきっとないのではないか・・その時には 黙って
さっさとまた電車に乗って 帰路につこう・・そう思っていました。
天気予報は大きく外れ にわかに降った雨は いつの間にか本降り・・
傘も持たずにきてしまったね・・と苦笑いしながら 校舎まで歩きました
多くの受験者や保護者の中に 息子がお世話になった塾の講師が
転勤先の浜松から 来ていて しばし話をしました。
とても 頑張って勉強していた姿を先生からも知らされました。
もしこれでだめなら 手の届かない学校だったんだ・・
少し早く校舎についた 私たちに 雨が容赦なく降り 
発表の12時がとても長く長く感じました。
時間になり 番号が張り出され 息子は 小走りに近くまで行きましたが
私は 怖くて番号の確認は出来ない・・でも ひょっとしたら。。
男子の声変わりしたうなるような歓声と 女子の悲鳴にも似た歓声と
そんな人ごみの中で 雨に打たれながら 気づけば息子の受験番号を
目をつむって おまじないを唱えるように何度も何度も言っていました
1歩、2歩と前に出かけたときに 息子が
『お母さん!番号がある!!あるよ!!』という声
何度も何度も・・しつこいくらい 確認し 写メも撮りました
確かにある番号に 息子は 大爆笑し 私はその場で 大泣きしました
服喪の為 神社に合格祈願をすることが 気が引けてしまい
広島の両親にはなすと 尾道にある 御袖天満宮という菅原道真が
尾道に立ち寄った際 着物の袖を民に渡したと言われる
由緒ある神社があり その神社に代わりに 祈願に行ってくれていたので
実家にも 電話を入れると 私の父は うれしさのあまり大号泣しました。

息子のうれしそうな 誇らしそうな顔が より一層 少年ではなく
青年に見えたような そんな気がした一瞬でした。
もちろん一緒に同じ高校を目指した 成績優秀の友人も
科は 別ですが 合格し 2人でうれしそうに話す様子をみると
ああ、こうして 親から少しずつ 離れていくのだな~と
うれしいやら 寂しいやら 複雑な気分になりました。

その夜 雨に打たれたせいで ちょっと風邪かと思っていると
翌朝 高熱で 私もインフルエンザに罹患
そしてまた翌日(昨日明け方) 息子が 高熱で 救急医療センターに・・
やはり・・インフルエンザに罹患し 主人以外は ダウンした週末でした。


今日 高校の書類を提出の為 車で銀行近くを走っていると
とっても 綺麗なピンク色の寒桜を見つけました。
息子に咲いた花のような気がして そばに行き 写真を撮りました。

桜

桜

そして もう一つ・・昨日、私の漢検3級の結果も届きました。
合格でした
あんなに 痛かった胃の痛みは どこへやら・・
インフルエンザで 熱が下がった途端に 湧き上がる食欲。。。
これは 痩せることなんて 私には できないかなと思ったりします

息子の中学校の卒業式が20日にありますが それまでに 
私も息子の体調も なんとか間に合いそうです
最後の最後まで ハラハラさせられる息子です

応援してくださった皆様に いい報告ができてよかった・・と
今は 胸をなでおろしています
 
 
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